心地よく民話めいた場所

民話、民間伝承的な絵をよく描きます

やはり日本人ですし

Blueskyでの私のフォロワーさんは大半が海外の人なんですが、やはり彼らはこの手の絵がエキゾティックでおもしろく感じるみたい。
日本の風習とかも割と知りたがるし「相撲の絵を描きたい」「着物の描き方教えて」などなど時々訊かれます。

そこは、日本人であるゆえ和の文化に明るいという自分のアビリティを活かすチャンスですから、割と頻繁にこの手の絵を描いています。自分としても国芳とか好きですし。

右が私史上最高のいいね数を獲得した絵です

最高、って言っても高々4桁ですけどね。でも、人気アニメの二次創作なんかと比較して桁1つ2つ違うのはしょうがないので、まあ上出来ということにしておきます。
日本の昔話って人間と動物の境界が曖昧で、アニミズム的じゃないですか。陰陽師・安倍晴明の母親が妖狐・葛の葉だという設定があったり。
そういうところが、動物にも人間と同じく魂があって、種を超えての親交や愛情があったりするかもしれないということを表現していて、とても好きです。
キリスト教文化圏では動物は神が人間に食うなり使役するなり好きにしろと与えた存在であり、基本的には魂はありません。そういう文化圏の人が大半を占める私のフォロワーさんたちから、この絵が高い評価を受けるというのも面白いですよね。
この「アニミズム的」というのは「遠野物語」のオシラサマの話のように、生々しく怪談のような異種婚姻譚とは違います。タヌキやキツネが人間に化けて人をたぶらかしたり、時には助けてくれたりもてなしてくれたりといったような、のんびりした民話のような世界を描いてみたいのです。

そんな感じだから、写真撮ってても…

狛犬さんやキツネさんなどに、キャラクターめいた愛着を感じてしまいます。特に、このようにとってもいい笑顔だったりすると。
このキツネさんを彫った人もまた、おそらく私のようにキツネを見ていたのかもしれないと思います。
賢く抜け目なく、いつもキビキビと陽気で、時にはニワトリをさらったりするけど、穀物倉を荒らすネズミをよく狩ってくれる、小さなご近所さん。
もしかしたら「よくうちの庭に来るあいつにも、可愛いかみさんと子どもがいるのかな」なんて親しみも感じていたかもしれません。

日本的な自然観がキリスト教文化圏の人に刺さりつつあるのかも

そういう自然に対する考え方は、過去の日本には間違いなくあったけど、当の日本人の間では次第に薄れつつあるように思います。しかし、一方でキリスト教文化圏の人たちがそういう自然の考え方に魅力を感じ始めているような気がします。だから、この手の絵が受け入れられるのかもしれません。

例を挙げると、動物好きの英語圏の人達は、単語の「fox」と「kitsune」 を別物と考えていて、使い分けます。「fox」 は動物のキツネ、「kitsune」は日本の妖狐、あるいは神使を意味します。話してみると、「kitsune」を動物のキツネがモデルの「yokai」の一種、と捉えているようです。あながち間違いでもないですね。
で、この流れで、相棒格の「tanuki」 もヘンゲ系の「yokai」と考えています。あちらに動物のタヌキはいないので「日本にはタヌキっていう動物がほんとにいるんだ! yokai だと思ってた!」とびっくりされることがあります。

コメントを残す

CAPTCHA