狼石と狛犬と二人のナガショー

手が届きそうで届かない近世の人物像

狼石(おいぬいし)伝説と狛犬

我が仙台市には、夢のように美しくかわいらしいオオカミ伝説があります。江戸時代末期、現在の仙台市泉区実沢(さねざわ)に永沢庄之助さんという人がいた(注:江戸時代の平民には名字がなかった、というのは現在は否定されている。公に名乗ることが禁止されていただけで、少なくとも数十%の平民が名字を持っていたとのこと)。彼は馬子で、馬に薪を背負わせて仙台の城下町まで売りに行く仕事をしていた。

当時実沢から城下町までは険しい山道で、その上オオカミやイノシシ、はては追い剥ぎのたぐいまで出没する物騒な道だった。

あるとき庄之助さんは、峠道で大口を開けて苦しんでいるオオカミを見かけた。おそるおそる見てみると、開けた口の奥に大きなイノシシの骨がひっかかっていた。見かねた庄之助さんがオオカミをなだめながら骨を取ってやると、オオカミは喜んで山に帰っていった。

その日の深夜。庄之助さんの家の庭で大きな音がして、明るくなって見てみるとなんと大きなイノシシが一頭まるごと置いてあった。オオカミが昼間の礼に来たのだろう。

それからというもの、庄之助さんが危険な山道を行くときは、必ずオオカミが一緒に歩いてくれるようになった。庄之助さんも、昼飯のおにぎりを2つ持っていき、1つはオオカミに食べさせてやった。

時が経ち庄之助さんが亡くなると、山の方から悲しげな遠吠えが聞こえ、いつまでも止まなかったという。

庄之助さんの子孫は毎年春になると、赤飯で庄之助さんとオオカミの友情の証だったおにぎりを作り「オオカミどんオオカミどん、おぼだてにきした(出産のお祝いに来ました)」と唱えて沢に落としたそうな。

狼石(おいぬいし)

ここではたとあることに気づいた私

私は狛犬さん巡りも好きですが、庄之助さんが住んでいた実沢地区の熊野神社の狛犬さんが大好きでして。それがこの方。

吽さん
阿さん

どうですかこの出来。実に見事。

建立は大正10年。
石工さんは永沢…庄吉…?

ナガショー! ナガショーじゃねえか!

多分実沢地区には永沢という家が多いのかもしれません。実際熊野神社の寄進者名にも永沢という苗字が多かったです。しかし、名前に一文字もらっているので、もしかして庄之助さんの近親の方なのでは? と想像してしまいました。

狼石には「天保12年」の刻がありますので、庄之助さんが亡くなったのは少なくとも1841年以前。仮に60歳で亡くなったとするなら生年は1780年頃。

一方、庄吉さんの狛犬の技の見事さから見て、この狛犬を彫った大正10年に油ののった40歳くらいだったと仮定すると、生年は1880年頃。庄之助さんと100歳違いですからひ孫も十分あり得るし、であれば小さい頃はまだオオカミは姿を消す前ですから、おぼだての儀式も続いていて、参加していたとしてもおかしくありません。

いや…この考察に別に意味はねえ、ただのロマンよ

昭和初期以前ともなると、文献に残らないような歴史はほぼ調べようがありません。直接の関係者は亡くなっているし、地域の古老に聞きたくても誰に聞いたらいいか見当もつかないし、ジャーナリストの肩書でもなければ会って話を聞くことなど叶わないでしょう。犯罪者と間違えられるのがオチです。
戸籍がない時代の血縁関係のことは、自前で家系図を残しているような名家ならともかく普通には調べがつかないし、そもそもそれを調べるのが私の目的でもありません。

オオカミとの友情を築いた心優しい男、ナガショー。

生き生きとした傑作狛犬を彫った大正の名工、ナガショー。

現在の仙台市泉区実沢に、かつてふたりのナガショーというナイスガイがいたというだけで充分です。

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