2度と帰ってこないんだ

ニホンオオカミをテーマにした絵です

なぜ人は神を殺したのか

オオカミ再導入論とかありますけど

タイトルはQueenの曲からとりました。この二頭はすでに霊的な存在です。
ニホンオオカミは絶滅してしまったわけですが、これはある程度仕方がなかったのかなとも思います。
人間を積極的に捕食しようとしてくるわけでもないツキノワグマともうまく付き合えないのに、狭い国土に多くの人間があふれる日本で、優秀なハンターであるオオカミとの共存は無理でしょう。
人間の都合のために野生動物を絶滅させてしまうということは、本来あってはならないことですが、日本においてオオカミたちが今の世にまだ生きていたとしたら、ツキノワグマなど比較にならないほどの脅威になるのは間違いありません。
田舎の人たちは野生動物と共存する道を選んでいますが、都市生活者は野生動物の墓の上に建ったマンションに住んでいるということです。安易に田舎に住まなければいいとか言うべきではない。
ちょっと自然豊かなところのリゾートホテルの庭とかキャンプ場で喰われて死ぬとか嫌でしょ? 自然との共存というのは、そういう時は人間が譲らなければならないのです。野生動物が乗り越えられない高い塀を立てて、その中でしか生きられなくなるのです。某漫画みたいに。
(ちなみにハイイロオオカミは、足場などの条件にもよりますが、助走をつけられる場所なら高さ3メートル以上の垂直の塀を乗り越えるそうです)

絶滅させてしまったのも、再導入を考えるのも、人間のエゴ

でも、そういう考え方の人間は少ない。自然豊かな場所はノーリスクで享受できるリゾートエリアだと思っている。
安易なオオカミ再導入論とかもあるようですが、今更それは無理と断言できます。あの広い北米でも、いったんオオカミがいなくなった地域に再導入したけど、結局うまくやれなくて駆除しているという話も聞きます。
ガチの自然界っていうのは北斗の拳で言えば、ジードとかの雑魚じゃなく、ケンシロウやレイみたいな到底歯が立たないレベルの強さの奴らがごまんといる世紀末ヒャッハーワールドだと思ってください。今日本にオオカミがいたら、間違いなくそうなります。

なぜ日本では、かつてオオカミを神と崇めたのか。それは、そうとでも思わなければ到底納得できないほどの人的被害があったからじゃないでしょうか。人間の安全を維持するには、絶滅は仕方がなかったのです。

都市は野生動物をことごとく殺し、追い出して作られた人間にとって都合のいい環境

そして先に言った、都市生活者の野生動物被害からの安全は、先人が野生動物を殺し尽くして確保したものという話。こう思い至る感性がないから、地方の人間はツキノワグマがいないところに引っ越せばいいみたいな話になる。
大型の野生動物がいない環境は、彼らを殺し尽くし、ことごとく追い出して得たもので、今そこに住みその恩恵を受けている自分も、その原罪を背負っていると自覚すべきです。

コメントを残す

CAPTCHA